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コラム

【白血病闘病記1】白血病判明までの体調の変化・初期症状

運営者の宮平です。

実は2021年9月に僕は急性リンパ性白血病を医者から言い渡されました。

聞いたことあるという方が多いかもしれませんが、

水泳の池江璃花子選手も同じ病気を2019年2月に発症しています。

今回は僕が白血病と言い渡されるまでの体の変化やその時の気持ちというものを書き綴ってみたいと思います。

8月17日 頭痛に襲われる

その日、朝起きると小さな頭痛に襲われていました。

仕事ができないくらいの痛みではなかったのですが、コロナ禍の状況もあって、会社の人には迷惑はかけられないと思い大事をとって休みを取りました。

また念の為病院に行き、原因は何か聞いてきました。

その時に医者から言われたのが、

「肩甲骨からの血流が悪くなっているからここをほぐしてください」

とのこと。

念の為、脳内のレントゲンを撮ったのですが、そこでも異常はありませんでした。

8月19日 左のお腹が痛くなる

いつものように仕事を終えた時に、この日はお腹の左側が少し痛いという感覚がありました。

でも、「無理せずともご飯は食べられる、生活も難なくできる。」

そんな状態で気にしてはいませんでした。

翌日、友人と夜ご飯を食べる機会があったのですが、その日も左のお腹がだけが痛い状態。

大事をとって、みんなよりも先に帰宅したことを覚えています。

8月21〜9月5日 熱と平熱の繰り返し

この辺りから自分の体の異変に気づくようになりました。

というのも、この2週間は36度と38度を行き来しながら日々過ごしていました。

 

具体的には、

  • 何か運動をしたあとは熱が38度以上まで上がって、数時間後には36度に戻る。
  • 1日の仕事が終えた頃には38度の熱が出ているがご飯を食べ終わったら戻る。
  • 温泉に入りに行ったら38度の熱が出てが、1時間もしないうちに36度に戻る

熱という熱が出ているというより一時的に体温が上がっているに過ぎない

それくらいの軽い気持ちでいました。

一応念の為、熱の上がり下がりについて調べてみると、

  1. ストレスなどが原因の心因性発熱
  2. 細菌による感染

が考えられ、この時は仕事のストレスがかなり酷かったので、自己判断で心因性発熱なんだろうなぁと勝手に思っていました。

9月6日 健康診断に行く途中で・・・

そんなこんなで熱も落ち着いてきた時に、結構僕的にも衝撃の出来事がありました。

入院まで1週間前の出来事です。

会社の健康診断で、会場まで向かう途中、乗り換え駅の品川駅でとある事故が起きました。

 

京急線に乗っていた僕は、

電車が品川駅に到着するまでの揺れで気持ち悪さ・吐き気にいきなり襲われました。

乗り物酔いも基本的にしないので、自分でもびっくりしましたが、

電車を降りた瞬間、すぐさま近くの手すりに体を寄りかかり、頭を抱えて時間を過ごしていました。

しばらくして、乗り換えに向かおうと歩いた瞬間、今度はめまいにも襲われました。

頭抱えながらエスカレーターを登り切った瞬間、

そのまま通路の邪魔にならないところにうずくまっていました。

 

そんな僕の異変に気づいた駅員さんが、僕を救護室まで連れてってくれて、

僕は20分くらいその救護室で寝て、健康診断に向かいました。

 

その時の僕の気持ちとしては、

「健康診断のために昨日の夜9時から何も食べてないから貧血になったのだろう・・」

でも、もしかしたらこれが白血病に早く気づくべき合図だったのだと今となって後悔しています。

9月7日〜9月10日 38度の熱が続く

9月7日の在宅勤務を終えた時に、僕の熱はまた38度を超えていました。

この時も、「すぐに寝れば明日には平熱に治っているだろう」

そんな気持ちですぐに寝ました。

 

でも翌朝熱を測ってみると、39度の高熱。

流石にこれでは出社もできないと思ってすぐに上司に連絡して会社を休むことに。

そして、病院にいくことにもしました。

 

普通、38度の熱も出るとだるいのですが、この時の僕の体調は

確かに熱は出ているが体自体は全然だるくない

といったなんだか不思議な感じでした。

咳も痰も出るわけではなかったですが、ある意味これがコロナの症状かなぁなんて思っていました。

そして、9月8日にPCR検査を受けたわけなのですが、結果はなんと陰性。

(翌日に病院の先生から陰性と電話で報告)

「あ、陽性ではないんだ!!じゃあこの熱ももう治るよね」

と喜んだのも束の間。

翌日も熱が下がらず。。

しかも飲み物を買いに30m先の自販機行って、その帰りにあの品川駅での悪夢がまた起こりました。

急なめまいが襲いかかり、僕は足元がおぼつかず、アパート到着3m前で倒れ込んでしまいました。

 

たまたま近くにいた工場で働くお兄ちゃんが肩を貸してくれて、僕の部屋まで運んでくれましたが、コロナ以上にやばい病気がありそうな気がしたので、

9月11日にまた病院に行くことにしました。

9月11日 3軒の病院に行き入院することが決定

土曜日に病院をやっているところは少なかったが、家の近くの病院を色々探して、どうにか受診できるところを見つけていきました。

そこは小さなクリニックで、そこでも念の為PCR検査を受けることになりましたが、結果は変わらずの陰性。

でも

先生がただの風邪・熱であればこんなにも何日も続くことはおかしい

と思ってくれて

受診時間外にもかかわらず、大きな病院で原因が調べられそうなところを1時間以上一生懸命に探してくれて、都内の大きな病院に僕は行くことになりました。

 

その時に人生で初めて救急車に乗りました。

僕のその時の体調は、熱も出ており体の震えがおさまらず、結構まずい状態だったと思います。

2軒目の病院に着き、血液検査やレントゲン検査などいろいろと調べてみましたがそちらの病院でもこれといった原因は掴めず。

3軒目に「血液内科」という数少ない専門科がある病院に行くことが決定し、そこで夜中3時くらいまで緊急外来で過ごしていました。

そこでも血液検査やレントゲン検査など、いろいろな検査を行い、わかったことが

  • 白血球の大幅な減少
  • リンパ腺が腫れている

といったことでした。

また追加で、骨髄検査というものもやりました。

この骨髄検査を行うことによって血球を作り出す製造工場の状態を把握することができます。

骨の中にある物質を針で吸い取るのでその痛みはこれまで経験したことない痛みでした。。

9月16日 急性リンパ性白血病の発覚

イメージ図:https://pathology.or.jp/corepictures2010/01/c07/04.html

 

朝10時に沖縄から来ていた母と義理の兄が病院へ呼び出され、これまでの検査結果を伝えられました。

病名は急性リンパ性白血病

白血球や赤血球、血小板の製造が悪質な細胞によって防がれている状態にあり、

免疫力も低下しているかなり危険な状態にいるとのこと。

ただし、昔と比べ「不治の病」と言われていた白血病も今の医療技術だと十分に治療できる可能性は十分にあると言われました。

 

でも、それでも

「白血病」と聞いて、僕は悔しかったです。

なんで僕が白血病にならなきゃならないんだと。

 

隣にいた母親は少し泣いていました。

それを見た僕も申し訳ない気持ちで涙を流しました。

 

白血病と聞いた僕は、頭が真っ白になり、

頭も心も整理が追いつかないままその日が過ぎました。

しかお皮肉にも、その日は彼女の誕生日でした。

彼女と電話した時には申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。

目一杯お祝いして、サプライズして、喜ぶ顔をみる計画が全て台無しになったことが本当に悔しくて、申し訳なさすぎて。。

それでも彼女は前向きに僕のことを励ましてくれました。

白血病と真っ向から闘うと決めた翌日

実際の筆者 首から点滴を打っています

 

1日頭と心の整理がついた今、僕は今の病気に真っ向から闘おうと決めました。

今後自分が想像していたよりも苦しい場面・辛い場面が訪れるかもしれないが、また健康で家族や友達、大切な人と過ごす時間を迎えるためにも、前向きに頑張ろうって気持ちになっています。

そして何より、

多くの人から励ましのメッセージをいただき、自分1人だけが闘っているのではないと実感したからです。

長い長い闘病生活の中で、もしかしたらこのブログを見て僕と同じように勇気をもらえる人が出てくるかもしれない、僕と同じ立場の人が今どこかで闘っているかもしれない

そう思いながら僕はこれからもブログを発信していきます。

もちろん、体調優先でブログの更新が全くできない時期も出てくるかもしれませんがその時は察してくださいね。。笑